記憶の彼方に葬り去られようとしている物。。
あなたにもありませんか。。?
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生産 | アラキファーム |
誕生日 | 1992年4月24日 |
馬主 | 穴澤 正 |
調教師 | 阿部 新生(美浦) |
父 | アレミロード |
母 | フルカード |
性別 | 牡馬 |
毛色 | 鹿毛 |
通算成績 | 36戦6勝(内重賞0勝)2着6回 |
チャンプのデビュー戦は3歳の10月。
東京で行われた新馬戦(芝1400m)。
このレースには後に桜花賞で6着になるウエスタンドリーム
金杯連覇を達成するベストタイアップなども出走。
そんなメンバーを抑えて1番人気に支持される。
レースは逃げに出たチャンプを
ドリームとタイアップがマークする展開。
直線に入りチャンプはセーフティリードを保ちつつ
2着のドリームに1馬身3/4の差を付けて
デビューウィンを飾る。
2戦目は10月に東京で行われた3歳オープン特別
いちょうステークス(芝1600m)に出走。
このレースには後に
阪神3歳牝馬ステークスを勝つヤマニンパラダイスが出走。
チャンプは評価が低く5番人気となる。
レースはサンエイゴージャスが早いタイムで引っ張る展開。
チャンプは4番手追走。ヤマパラが5番手を追走する。
直線に入り前を行っていた馬が総崩れ。
ヤマパラ・チャンプ・ヒシワールドの3頭の叩きあいとなるが
ヤマパラが軽く抜け出す。
激しい2着争いは2頭並んでゴール。
写真判定の結果チャンプが鼻差ヒシを抑えて2着を確保する。
それからチャンプは春まで長期休養に入る。
復帰戦は4歳の4月。
中山で行われた一般戦の4歳500万下(芝1200m)
単勝1.8倍と言う一番人気になるが2着に負ける。
復帰2戦目は4月に東京で行われた一般戦
4歳500万下(芝1600m)
ここでも単勝1・7倍と言う一番人気に支持されるが
またしても2着に終わる。
3戦目は6月に福島で行われた4歳500万下特別
クレマチス賞(芝1200m)
少頭数の上メンバーが手薄だった事もあり
チャンプは単勝1.1倍の圧倒的一番人気に支持される。
さすがにこのレースでは相手になる敵はおらず、
2着のキャニオンザルースに7馬身の差をつける圧勝だった。
そして4戦目。7月に福島で行われた4歳900万下特別
さくらんぼステークス(芝2000m)に出走。
このレースに勝てば菊花賞が見えてくる。と言う大事なレースで
チャンプは3番人気に支持される。
レースは雨で馬場が渋っていたせいかスローな展開となる。
チャンプは前から4頭目を追走。
しかし3コーナー辺りで手応えがなくなりずるずると後退。
他の人気馬も揃って伸び脚を欠き揃って敗退。
結果馬連が600倍を越える大波乱となり、
チャンプはビリ入選で終わる。
このレースを境にチャンプは勝ち運から見放される。
3勝目を挙げたのが5歳の8月。
中山で行われた一般戦。4歳上500万下(芝1600m)だった。
その後毎年1勝を挙げるペースでしか勝てず、
オープン入りをしたのは8歳の6月。
もう既に馬としてのピーク時は越えており、
その後の重賞挑戦でも最高着順が
8歳の11月に東京で行われたGⅢ
富士ステークス(芝1400m)。
L.デットーリが騎乗して7着が最高であった。
その後チャンプは9歳の6月まで走り引退している。
引退したチャンプは大した戦績を残した訳ではないが
何故か種牡馬になっており、
今までに5頭の父親になっている。
しかし、産駒数は少ない物の、5頭中4頭が勝ち星を挙げており、
種牡馬として地方では通用する事が証明されました。
この馬はデビュー当初から岡部が手綱をとっており、
戦績や血統からいって大きい所を狙える予感があり、
久しぶりにタイガーで大物が出た!と思って追っかけていた馬になります。
得にさくらんぼステークスの時の入れ込み様はハンパではなく、
このレースに勝てば菊花賞に行ける!と言う想いが高くなりすぎて
思わず福島競馬場に行ってしまったぐらいです。
この日は一人で行こうと思ったのだが
競馬をやった事のない友人が一緒に行くと言ったので二人で行き、
その友人をほったらかしにしてパドックに応援に行ったり、
一人で雨の降る中馬場に出て応援していました。
しかしレースはビリ。。
菊花賞の夢も途絶え落ち込んで友人の所に戻ると
「当たった!当たった!これ幾らになるん?」
と一人で大騒ぎしてる始末。。
菊花賞が絶望になり競馬初心者が6万馬券を当ててる。。
これはダブルショックでしたね。。w
しかもその日。。
中京で行われていた高松宮杯ではくしくも
ヒシアマゾンが逃げる。。
と言う訳の解らんレースがあった日だったとさ。。w
まぁ、何にせよ。。コンビニでおにぎりを買った時に初めて
「暖めますか?」
と聞かれたのもいい思い出になっております。。w
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